オタクのつぶやき②「器用の損、急がば回れ」

画像の説明
From:村中大祐

自分の勝ちパターンを知ることは
意外に難しいのかもしれない。
その証拠に多くの人の勝ちパターンと言えるものは
大抵似たり寄ったりで
オリジナルと言えるようなものを
聞いた試しがない。

私がこれまで出会った
外国で出会う人達の勝ちパターンの多くは
オリジナルなパターンが多いように感じる。
彼らは総じて人の真似をしたがらない。
自分は自分、という境界線がハッキリしている。

でも誤解しないでほしいのだが、彼らも
人の真似をしたくないワケではない、と思う。
だが残念ながら、それほど器用ではないのだ。

つまり真似したくても「できない」から
自分のやり方で「やるしかない」のだ。

そうなると、必然的に自分のやり方を見つけ
それを定着させるために
七転八倒することになる。

でもそれが良いのだ。
そこで自分の要素を一通り卓上にひっくり返して
全体を俯瞰する立場を取れるわけだ。

器用さというものの特徴を考えてみたとき
ポイントを抑えるのが上手なことや
時間があまりかからなくても
物事を習得できる点などが挙げられる。

でもそれは利点ばかりではないように思う。

不器用な人間が直面し、解決してきた問題を
仮に器用な人間が一生知らずに生きるとなれば
それは豊かさと言えるのだろうか。

つまり器用な人が気が付かないところに
不器用な人が気が付くことができる、ということだ。

それを私は「人間的な広がり」と解釈することにしている。
(賛否両論あるだろうが。許せ。)

つまり私が言いたいのは
幅がある人間性というのは
やはり多少の不器用さから来るのではないだろうか?
ということだ。

だから自分の不器用さを愛すべきだ。

自分らしさとは、人よりできる所だと
思っている人が多いと思うが
私はそうは思わない。

むしろ人より出来ないところこそ
愛すべき自分の「らしさ」があるように思う。
それを私はInside Out、つまりひっくり返す、
あるいは絞り出す、という言葉で表現する。

有能ほどつまらないものはない。
むしろ我が無能さの奥に隠れた「味わい」こそが
自分を人と違う世界へと導いてくれるのだ。

器用の損とはそういうことなり。
急がば回れである。

素敵な一日を!
横浜の自宅より
村中大祐

コメント

  • 嬉しいですねえ!

    >つまり真似したくても「できない」から
    自分のやり方で「やるしかない」のだ。

    >有能ほどつまらないものはない。
    むしろ我が無能さの奥に隠れた「味わい」こそが
    自分を人と違う世界へと導いてくれるのだ。

    その通りの行き方で生きてきた、というか、おっしゃるとおりそれしか生き方の無かった私にとって、こういうことを言ってくれる人は他にあんまり知らないから、村中さんのブログを読むのが大好きです!

    それにしても頭脳明晰、才能の塊で、何でも出来る村中さんは、なぜにこんなに出来ない人間の心根がわかるのでしょうか?

    いつも不思議に思います。



認証コード5796

コメントは管理者の承認後に表示されます。