指揮者の交渉術⑨「自分が変わる。社会が変わる。」

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From:村中大祐

強さの本質について
自分の体験から色々考えて来た。

本当の強さはやさしさから生まれる。

このことを教えてくれたのは
ヨーロッパの文化だった。

意外に思われる方も多いだろうが
実際に彼らとお付き合いしてみれば
一目瞭然だ。

「ヨーロッパではお年寄りを見ると
すぐに若い人達が席を譲る」

よくこんな言葉を耳にした。
実際に生活してみればわかることだが
お年寄りに若い人たちが席を譲る理由とは
彼らの中にある教育が培った土壌がある。
その本質はキリスト教だ、と言いたいひともいるだろうが
待ってほしい。

そういうこともひっくるめた
人間の気持ちを育てることのほうに
つまりヒューマニズムの方に重きを置いているから
これは宗教なんかじゃないのだ。

もっと分かりやすい例を挙げよう。
例えばベートーヴェンの足跡を訪ねて
彼が甥に残した有名な遺書が生まれた
ハイリゲンシュタットという場所がある。

そこにはベートーヴェン・ガングつまり
彼の散歩道があって
今でも私たちは田園交響楽の足跡を
辿ることができる。

そして...あの鳥のさえずりが聴こえてくる。
本物の鳥が交響曲の中のメロディーを歌っている。

そこを歩いていると
前から土地の人や観光客が歩いてくる。

「Guten Tag!こんにちは!」
「Grüß Gott ごきげんよう!」

そんな挨拶が私と土地の人との間では
必ず交わされるのだ。

日本では、相手の眼を見たら失礼と思うのか
お年寄りでさえ挨拶をしない人が多い。

実際毎朝の犬の散歩で挨拶を返してくれる人は
かなり少ないのが現状だ。

もちろん東京とウィーンを比べるべきではないかもしれないが
そんなことを言い訳にするわけにはいかないのだ。

人口が多いから東京では無理だとか。
そう言う問題ではなく
これは単にヒューマニズムの問題。
そして教育の問題だと思う。

昔わたしたちは朝礼で
さんざんこういう話を聞かされたはずだ。

でも昨今年寄りまで
挨拶をしなくなった。

その原因は宗教ではない。
人に対する優しい眼が足りないのだ。

そういう教育をして来なかったのではないか。

強さや勝利から生まれる敗者、格差、犠牲。
そういったものが
一連の強さの代償として
やむをえない、とされていく社会。

強さがやさしさなら、
違った眼が生まれたはずだ。

それが音になって表れるのではないか。
強ければ、相手を黙らせられる。
強ければ、勝てる。

For what?

最終的に何のための強さなのか?
何を守るための強さなのか?

本当に「その強さ」は自分を守ってくれるのか。

音のなかに込められた社会の縮図。
それは例えようもなく深い。

その深さのなかで
しばらくは私も喘いでいた。

だが私は幸いなことに
かつて音に癒された経験がある。

音とは私にとって魂を癒すちからを持っていた。

確かに映画「ロッキー」のテーマ音楽は
人間のちからやエネルギーを鼓舞する。

だがそれとは違った
音楽の存在理由がある。

どうやったら自分が信じる音を
社会と一緒に創り上げられるのか。
それにはどんな方法が考えられるか。

オーケストラの前に立ちながら
迫りくる日本社会の渦のような音。
その音と対峙しながら
多くの就職した仲間たちが
「戦い」と名付けた毎日の生活が
音の中に見え隠れしていた。

それはヨーロッパでは出て来ない音だ。
明らかに技術は優れている。
楽器も素晴らしいものが多いはず。
能力もずば抜けて高いひとたちばかりが
目の前で演奏している。

でも音が強い。

強い音。でもやさしくない。

相手を変えることはできない。
自分を変えるしかない。

どうする?
こちらは一人。
相手は1億数千万。

一人が変われば
社会が変わるというのだろうか?

その問いかけが始まった。

今日も素敵な一日を!
横浜の自宅から
村中大祐

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