指揮者の交渉術㉒「絶対音感について」

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From:村中大祐

最近あまり絶対音感について
云々されることがないように思う。

一時期は頻繁に
この絶対音感なるものについて
意見を求められていたような気がする。

多分誰かが「わたしの息子は絶対音感がある」
などと自慢したり

早期教育として絶対音感を身に付けると得する
などと言った話があったためだと思う。

でもそう言った話を聞くにつけ
私の中で「またか」と言う
ちょっと残念な思いがよぎるのである。

実はこの絶対音感と言う考え方・感じ方。

数値優先などといった「分かりやすさ」に
極めて偏った考え方のように思うからだ。

物事を説明する際に数字を出すというのは
ある意味常套手段だというのは
誰もが知っている話。

先月の内閣支持率は29.5パーセントだったのに
内閣改造後は44パーセントに跳ね上がったと言えば

それだけで内閣改造が成功だったと言う意味に
誰もが受け取るはずだ。

でも誰もその数字の裏にある真実や
数字周辺に起こっている変化のプロセスを
見ようとはしない。

結果が全てを言い表す。
数字が全ての世界だ。
分かりやすさとは
えてしてそう言うものだと思う。

絶対音感があると
「ラ」が性格に歌える、
あるいは「ラ」が狂っているのが分かる。

「私は調子の狂った音を聴くのはつらいのよ」と
あなたの傍で自慢げに語る人がいれば
その人を羨ましく思うのも分からなくはない。

でもラとは単なる音の高さであり
人が一人では何もできないように
音はひとりでは音楽にはならない。

この「絶対」という価値観は意外に脆いものなのだ。

音楽家である私は、この価値観に
警鐘を鳴らすべきと思っている。

結局「絶対」という裏には
うすっぺらい真実しか存在しないからだ。

音楽とはミステリーだ。
ラという音の高さにはいろいろな種類がある。

数字で割り切れない人が関わることで生まれる温かみや
街によって違う湿度から生まれる響きの差。
ましてや実際にオーケストラが街によって違うと
全く違った「ラ」の音があることを知る人は多いはず。

オーケストラの音出し開始時に
オーボエの「ラ」の音に合わせる際
この「ラ」の音の高さが
同じドイツ語圏なのに
ウィーンの方がベルリンより
数値的に高いのである。

ベルリンではプッチーニの「ラ・ボエーム」の上演の際
あるテノール歌手が高音を難なく歌えるにもかかわらず

同じ歌手がウィーンで歌うとき
オーケストラに自分のアリアの前に移調してもらえるよう
頼んだという逸話があるくらいだ。

つまり「絶対」を主張するなら
自分の主張以外の可能性を
すべて捨てなければならなくなる。

自分の知っている「ラ」は
意外にも東京の「ラ」であって
ニューヨークの「ラ」は
もっとふんわりしているかもしれない。

東京の「ラ」にこだわるあまり
そういう他の可能性を捨ててしまっては
それこそ「もったいない」のではないか?

豊かさを求めるなら
「絶対」を主張しないほうがよい。
なるべく沢山の可能性を選べるように
自分の環境整備をしておくべきだ。

声や音には個性や色が見えてくる。
ラの音も千変万化。可能性は無限大。
そう思うことができる社会こそが
豊かな社会と言えるのではないか。

絶対音感なるもの。
それは「豊かさ」の敵。
そのくらいに思っておいてよいと
私は思う。

ああ、因みに私も絶対音感はある。
3つから母親にスパルタ教育されている。

あの天才歌手美空ひばりにも
絶対音感はあったはずだが
彼女は「ゆらぎ」を幼い頃から使っていた。

戦後の復興の中で歌った
「リンゴ追分」の歌いまわしには
この「ゆらぎ」がふんだんに使われて
それこそが傷ついた人々の心を癒したはず。

トスカニーニは「絶対君主」だった。
指揮者が「絶対」のとき
音楽は「一人の音楽」になる。

だがその「絶対」の囲いを解いたなら
音楽は「一人の音楽」から
「みんなの音楽」に変わる。

21世紀は言わずもがな
みんなの音楽が主流である。

今日も素敵な音楽を。
横浜の自宅より
村中大祐

コメント

  • 絶対音感

    もし『絶対音感』が本当に字義通りに『絶対』だったら、
    オーケストラがチューニングする必要が無い筈だと思います。

    『絶対音感』の正体は、それが形成された時に基準となっていたピアノや音叉等の音高の
    【記憶-長期記憶】ではないでしようか?

    だから微妙な個人差があり
    オーケストラではチューニングが必要なのだと考えるのが合理的です。

    オーケストラプレイヤーの方が古楽オーケストラに入って現代と基準の異なるチューニングでしばらく演奏すると、
    『絶対音感』が失われてしまう場合があるそうです。

    これはその証左だと思います。



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