今日はコメントにお答えします!

画像の説明

デイヤングルタさんのコメント(指揮者の交渉術㉒「絶対音感について」から)

絶対音感
もし『絶対音感』が本当に字義通りに『絶対』だったら、
オーケストラがチューニングする必要が無い筈だと思います。

『絶対音感』の正体は、それが形成された時に基準となっていたピアノや音叉等の音高の【記憶-長期記憶】ではないでしようか?

だから微妙な個人差があり
オーケストラではチューニングが必要なのだと考えるのが合理的です。

オーケストラプレイヤーの方が古楽オーケストラに入って現代と基準の異なるチューニングでしばらく演奏すると、『絶対音感』が失われてしまう場合があるそうです。

これはその証左だと思います。

お答えします。

まず絶対音感が文字通り絶対だったならオーケストラがチューニングする必要ないか?というと、皆が絶対音感があればその通りですが、皆が音感が違うために、チューニングをするわけで、やはり必要だと思うのですが。(理屈通りの答えですいません。)

絶対音感の正体とは正直ピアノや音叉の「記憶」ではないか、というお考えには、ある意味その通りだと思います。

でも私が本当にお伝えしたかったこととは、「絶対的価値」というものの儚さであって、「記憶」とはむしろ自分の「拠り所」として作用しますから、これはポジティブなものだと思うのです。
そこからある意味「自分らしさ」を生み出す手がかりが出てくるのではないでしょうか?

つまり単なる物理的な音の高低ではなく、そこに感情や温度、色や性質といった様々な「記憶」が盛り込まれることは、単なる機械的な音とは違う「存在意義」を感じさせてくれます。

「だからこそ」個人差があって、チューニングが必要、ということについては、賛成も反対もなく、ひとつのプロセスだと思っています。

ちなみに私は音の狂ったピアノを弾くのが大好きです。
それはひとつの考え方、価値観の問題と言う気がします。
そこからプラスαが生まれることを常に期待するからです。

コメントいつもありがとうございます!
村中より

阿羅こんしんさんより(指揮者の交渉術㉔「自分のことば」から)

貪欲な読書、、、
教科書の丸暗記の競争、小学校ではやってました。議論や討論では、相手との読書量の差が、ここにある!を感じますね、、、。

お答えします

教科書の丸暗記は苦手でした。
小学校の時はそうでもなかったですが
中学以降は暗記とは無縁の生活を行っていました。
暗記することに意味を見出さなくなっていたからです。

議論や討論の土台に「読書量」を持ち出されていますが
私はどちらかと言えば
他人の経験を追体験する読書、あるいは
自分独自の経験を通じて得ることのできた
まさに「自分のことば」がないと
議論が出来ないと感じています。

つまり借り物のことばでは
自分の意見にすらならない、とそう言いたいのです。

村中より

阿羅こんしんさんのコメント(指揮者になる法①「忍法同化の術」から)

assimilate=同化!いいですねえ〜〜〜!!!
ラテンの原語的意味合い、、、/「〜のフリをする。〜に似せる、、、」。消化する、吸収する、理解する、(異国へ)同化融合する、、。なんとも面白いコトバに出会いをいただきました!

お答えします

アメリカのドラマのヒーローが
昔Assimilator(アッシミレーター)とか言って
自分を同化させる術を売り物にしていました!
そこからヒントを得たと言う感じです。

ラテン語系では「似ている」という意味で使うことが一番多いかもしれませんね。
コメントありがとうございます!
村中より

コメント


認証コード1579

コメントは管理者の承認後に表示されます。