指揮者になる法⑦「アウトソーシング」

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From:村中大祐

女性がエネルギーのバランスや場に強い生き物だとしたら?
男性はどうすればよいか?

強みを活かせばよいわけだ。
面白いことに男性は目先が変われば
純粋な部分が残っているので
これまでの方向から変われるのだ。

ある意味単純と言えば単純。
これまで猪突猛進で突っ走っていた方向から
別の方向へ走り抜ける。

そう言う意味では男性は扱いやすい。
最近女性でも、猪突猛進型が多いと思うが(笑)。

指揮者になる法なのだから
指揮者になったつもりで大勢の前で立ってみる。
するとわかることだが
知らない人の前にいきなり立つのは怖いものだ。

だが音楽が助けてくれる。
そこが指揮者の救いかもしれない。

音楽を一緒にやるのだ。
指示するのではない。
一緒にやるのだ。

私の経験ではピアニストやヴァイオリニストあがりの
指揮者は、自分が弾いている気になってしまう。

それが悪いのではない。
そこで相手とどう関係を結ぶかが問題になる。

全くヴァイオリンが弾けなければ
目の前のヴァイオリニストに
「ああだ、こうだ」と技術的に何か言うことは
墓穴を掘るようなものだ。

あなたがピアニストなら
ヴァイオリンの奏法について
ヴァイオリニストに指導することはないだろう。

やっかいなことに、稀にヴァイオリニストが
指揮者になったりすると
ヴァイオリンの弾き方をオーケストラの前で
ヴァイオリニストたちにレクチャーしたりするらしい。

昔ウィーン・フィルのコンサートマスターだった人が
N響に指揮者として客演した際(誰とは言わないが)
1時間ヴァイオリンの蘊蓄を垂れたという話がある。

もちろんオーケストラからは不評が続出したらしい。
それもそのはず。
指揮者は自分が音は出せない。
自分でやりたくても、アウトソーシングしなければならない。

まだ駆け出しの見習いのころ
ヨーロッパ各地で行われる指揮者コンクールに出場すると
世界中の色々な指揮者の卵たちに出会うことができた。

それを見ていて思ったのだが
多くの指揮者がしゃべる。
しゃべるのが得意なのは知識があるからだ。

でも知識がいくらあっても
指揮とはあまり関係がない。
指揮とは問題解決であり、
指揮とは関係性を結ぶ行為であり
指揮とは自分の責任の所在を明確にすることなのだ。

知識が問題解決の糸口になるなら
大いに使うがよかろう。
だが限られた時間のなかで

演奏家がなるべくじっくり音を出す時間をつくること。
それこそが指揮者には求められる。

一緒に音楽をやる。これは必須。
だが同時に自分の音楽をやる。
これも必須だ。

一緒に音楽をやるのに、どうやって自分の音楽をやるのか?
ここは私にもわからない。

一つ言えることがあるとすれば
立っていれば既に自分の影響下にある、ということか。

おまけに何かを言うわけだ。
「ここはもっとレガートが欲しい」
「あそこはもっと弱音が欲しい」
そんなことを言っているうちに
段々自分の色に染まって来る。

優秀な指揮者というものは
1をもって100を言う。

だからあまり言うことはしない。
立って腕を回し、顔の表情である程度理解できる。

どんな方向性かは、1か所のリハーサルで
だいたい掴めるはずなのだ。

オーケストラのリハーサルとはそんな場所。
指揮者はなるべく音楽家を自由にしたいと望み
でも自分の方へと招き寄せる。

その駆け引きが面白いのだろう。
私たちも常にAfiAではリハーサル観覧席を設けている。
いずれご覧にいれよう。

素敵な一日を!
横浜の自宅から
村中大祐

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