Inside Out リーダーシップ「ロスチャイルド家の音楽家」 – Muranplanet – 指揮者村中大祐 Daisuke Muranaka Official Website

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From:村中大祐

英国人歌手シャーロット・ドゥ・ロスチャイルド氏の
インタビュー記事の一部をお届けします。
彼女の歌う日本歌曲は、聴く者の心を捉えて離さない。
その秘密が、実はこのインタビュー記事に
解き明かされていると思います。
今日はその一部をご紹介します。

ニュースレターの年間購読の特別キャンぺーンは
明日いっぱいで終了です。

ロスチャイルド氏のインタビュー
創刊号でお読みいただけます。
詳細はこちらから。
http://daisukemuranaka.com/index.php?Newsletter

「指揮者が抱く怖れとは?」 – Muranplanet – 指揮者村中大祐 Daisuke Muranaka Official Website

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From:村中大祐

「先生、何故ですか?」

この言葉で私はどれだけ辛酸を舐めたことだろう。
あなたにも同じような経験があるのではないか?

理由を訊いたら相手が怒り出す経験。

わたしたちのように
普通よりちょっとだけ思慮深い人間は
疑問が湧き出てくると
「なぜ」を訊きたくなるものだ。

それを実際に言葉にするかどうか
そこは判断のしどころというわけだが。

私はこれを必ず言葉にしてきた。
そのお蔭で今があると思っている。

昔ウィーンで指揮を勉強し始めたころ
主任教授が他界されて
新任の有名指揮者が教えに来た。

彼は指揮の学生に交響曲を教える際
自分の考え通りに指揮するよう
徹底したのだった。

「この場所は少しゆっくり。」
彼がそう言えば、その音楽は
指定個所で「少しゆっくり」にしなければならない。
そういう不文律が出来上がる。

わたしはそこで質問する。

「なぜ”少しゆっくり”なのですか?」
とは訊かないで
「AではなくBではいかがでしょうか?」
と訊くのだが
それに教授は腹を立てて
私にはオーケストラを指揮する時間は
6時間待って最後の2分だった。

在学中一度も2分以上
授業でオーケストラを指揮させてもらえなかった。
理由を訊いて「ほされた」わけだ。

仕方なく2分に集中して
誰よりも成果を出せるようにした。
するとこれが功を奏して
コンクールで力を発揮することができるようになった。
私はコンクールでいくつも優勝できたのは
この時のエピソードが原因だ。

「干してくれてありがとう」
禍を転じて福と為す、
そのまさに言葉どおりの結果だった。

指揮者に一番大切なのは
「どう立つか」だ。

立ち方はいろいろ。
でも立つのはあくまで
「人の前」。

先の教授のように
自分のやり方に歯向かう人間を
押さえ付けると
決して相手は力を発揮できなくなる。
相手の自発性、つまり「ちから」を奪うからだ。

また、オーケストラという相手を
「集団」だと思った時点で
相手の他力、つまり「ちから」を得られなくなってしまう。

つまり指揮者にとっては
マインドセットが重要なのだ。

相手との関係性を構築する上で
私が心がけている大切なことがある。

自分の恐怖を相手に植えつけないこと。

実はこの教授
自分の意見以外のものは
頑として受け入れようとしなかったが
すべて厳しさや恐怖で統率しようとした。

だが誰も彼を尊敬しなかったし
彼のその考えが正しいとは思っていなかった。

実は指揮者にはいろんな「恐れ」がある。

「自分という人間が相手に
本当に受け入れてもらえるのか?」
「自分は本当にリーダーに相応しいのだろうか?」

これが最大の怖れだ。
自己評価の低い人間は、大抵ここで躓く。

指揮者の恐れが、オーケストラに伝播するのは
一瞬のことだ。
その瞬間にオーケストラは「べつもの」に変化する。
コントロールがきかなくなるのだ。

そうなった時リーダーはどう対応するか?
上から権力で押さえ付けようとする。

それを嫌がるオーケストラとの闘いとなる。

この悪循環。
どうやって打ち切るか?
あなたならどうする?
是非コメントください。

今日も素敵な一日を!
横浜の自宅より
村中大祐

カラヤンから学ぶこと③ – Muranplanet – 指揮者村中大祐 Daisuke Muranaka Official Website

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From:村中大祐

カラヤンの仕事術。
それについてこのところかなり長い原稿を書いていた。
もちろんニュースレターNo.2のためだ。

このところカラヤン指揮ミラノ・スカラ座における
ワーグナーのオペラ作品のライブ録音が発売されて
「トリスタンとイゾルデ」や「ワルキューレ」が
聴けるようになった。

そのうちの「トリスタン」を聴いて思ったことは
何とスコアや伝統的な解釈を知らず、
歌手の息について考えないで指揮しているか?
ということだった。

正直、これは意外だった。

カラヤンと言えば根っからのオペラ指揮者で
その下積みの時代、つまり地方の歌劇場の
徒弟時代を経て、見事なレパートリーを築き上げ
オペラの演出と指揮の両方を受け持つ
まさにオペラの理想を体現する人

というイメージだったため
こんなに酷いトリスタンを聴いたのは
後にも先にも初めてで正直驚いたのだ。

この1959年のスカラ座と言えば
ビルギット・ニルソン、ヴォルフガング・ヴィントガッセン、
ハンス・ホッターにロッセル・マイダンというソリスト。
おまけに水夫はアントン・デルモータでクルヴェナルは
グスタフ・ナイドリンガーという超豪華キャスト。
当時このキャスト以上は望めないほどのもの。

でも指揮が酷い。
ミラノ・スカラ座のオーケストラは
トリスタンをよく知っているはず。
実際にこの数年前にミラノで演奏された
ヴィクトール・デ・サーバタとの録音は
歴史的録音として素晴らしいものだ。
だからオーケストラが悪いとは考えられない。

だがカラヤンの指揮するテンポは
歌手の息をまったく考えていないし
定石のテンポの変化など全くお構いなしで
ある意味楽譜通りに指揮しているだけ。

時間がなくてリハーサルを1幕はほとんどしていないのか。
そう思わせるが、イタリアのプロダクションは
オーケストラの準備にはドイツより入念だ。
時間をかけて臨むはず。

だとすれば。。。問題は?
なぜこうなったか?

それはカラヤンが指揮だけでなく
演出をしたからではないだろうか。

ではカラヤンが指揮者として演出をした一番大きな理由とは?
ニュースレターでは、そんな側面にも光をあててみた。

ところで、同じようにオペラを得意とした指揮者が
ヨーロッパやアメリカでは普通だったが
中でもハンガリーからアメリカに移住して
シカゴ交響楽団の一時代を築いたフリッツ・ライナーは
バーンスタインをカーチス音楽院で教えたことでも
有名な指揮者だが、あるインタビュー
こんなことを語っていたのを聞いたことがある。

「マエストロ、あなたはコンサートホールと
オペラ座のどちらがお好きですか?」
という質問に答えて

「コンサートをやっていると、オペラが指揮したくなる。
オペラを指揮していると、コンサートに戻りたくなる。」

まさに私も同じような感覚がある。
ないものねだり、というのが人間の本性である。

でもカラヤンの場合は特殊だ。
彼は通常指揮者が求める「音楽を深める」ことよりも

「自分の理想を実現する」ことに重きを置いた。
それは「音楽」という表現手段のみならず
「舞台」全般。つまり演出から衣装、舞台美術、照明までの
すべてに亘る分野だ。

本来なら決められた枠のなかで仕事をするはずの
オペラのカペルマイスター(劇場指揮者)が
演出からキャスティングまでのすべてを司る。

そうなって初めてカラヤンは自分の理想が実現できると
考えたわけだ。

雇われ指揮者でもなく、単なる音楽監督でもない。
総合芸術家、カラヤンの面目躍如だ。

だからと言って「音楽」をおろそかにしてよいわけもない。
だがカラヤンは音楽をするとき
むしろ別次元の発想で指揮をしながら
自分がどう見えるか?聴衆が心理的にどう聴いているか?
そういったことに一番興味があったようだ。

だから「音楽を深める」ということより
音楽を「演奏し聴く」現象そのものを理解しようとしていた。
だからある意味他の指揮者がするような
「深める」ことなど、どうでも良かったのではないか。

そこがカラヤンが指揮者としてより
むしろ「リーダー」として才覚があったと
私が思う理由だ。

彼はものを見る視座が普通とは違った。
経験のなかで得たものは
すべて使い切った。

そして経験を更にブラシュアップするためには
音楽自体をも犠牲にしたのだと思う。
だから単純に音楽家としての評価だけでは
カラヤンを本当の意味で知ったことにはならないのだ。

そういう興味でニュースレターを書いてみた。
是非読んでほしい。

素敵な週末を。
ヨコハマの自宅より
村中大祐

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カラヤンから学ぶこと② – Muranplanet – 指揮者村中大祐 Daisuke Muranaka Official Website

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From:村中大祐

今月末はニュースレターNo.2が発刊されるが
その中心的な話題が指揮者のカラヤン。

連載「ボーダーレス時代のリーダーシップ②」
のテーマは「カラヤンの仕事術」。

やっと昨日入稿できた。
夕べのビールの旨いのなんのって。
それはもう、最高!

そのカラヤンが台頭してきた
1930年代ヨーロッパは激動の時代。

アメリカや南米にユダヤ系移民がこぞって
ヨーロッパから流入した理由は
ドイツで起こった国家社会主義といった
いわゆるファシズムの台頭だった。

これはドイツだけでなく世界各地の
ある種イデオロギーの台頭だった。
それが何だったのか。

単純にナチス・ドイツに責任を取らせるだけの
短絡的な話に終始してしまうと
歴史を未来に生かせなくなると思う。

世界全体がファシズムに向かう気分だった。
それは否定できない事実だ。

だから私たちは今を読み解くために
本物の知性を働かせる必要があると思う。

今朝偶然NHKのニュースで
ある沖縄の女性が
これまで躊躇をしていたものの
ここ数年戦争の経験を話すようになった
その経緯を話しておられた。

5歳の彼女が沖縄で家族を失い
数か月の乳飲み子の弟を抱えて
藪のなかにある自然の洞穴に逃げ込むと
そこにはすでに多くの知り合いたちが
命からがら逃げ込んできていて
洞穴は大人たちで既に一杯だったという。

でも乳飲み子が泣き出すと
知り合いの大人たちがこぞって
5歳の彼女にその幼子を連れて
「ここから出ていけ!」と言い

その時、誰も助けてくれず
守ってくれた人も居なかったそうだ。

そのときまだ5歳だった彼女が感じたのは
「戦争とは恐ろしい。人間のこころがなくなっている。」
ということだった。

音楽の世界では
あの有名なカラヤンだけでなく、
当時ドイツ音楽の最高の指揮者として
ベルリンフィルの常任指揮者だった
ウィルヘルム・フルトヴェングラーも
国家社会主義を標榜するナチス・ドイツに入党し
戦後は国内外で大きな批判を受けている。

当時のドイツ人で、非ユダヤ系の音楽家は
その殆どがナチスに協力したが
そこはそれぞれの判断があったはずだ。

ドイツ人でナチス・ドイツにくみしなかった
エーリヒ・クライバーは南米に移住したし

イタリア人のトスカニーニはイタリアを去って
アメリカに活動の拠点を移し、ファシズムを
徹底的に批判した。

でもフルトヴェングラーやカラヤンは
ナチスに入党し、音楽を続けた。

第2号のニュースレターにはカラヤンのことを
詳しく触れたが

フルトヴェングラーは自分の考えを
後に書き残していて
その言葉を読んだ私は
ある一種の不可解さを拭い去れなかった。

フルトヴェングラーはナチス・ドイツと
闘うことをやめなかった。

でもそれは、彼が「音楽」という
無言の武器を持っていたからだ。

「ドイツ人に音楽を通じて貢献する。」
その「貢献」の意味について
偉大なる指揮者はこう記している。

「ドイツが単なる国家社会主義でなかったことを
後の世に示すこと。そして今ここに居るドイツ人に
音楽を通じて偉大なる精神を伝えること。」

なるほど。
わからなくもない。

でも戦争が怖いのは
一人の沖縄の5歳の女の子に向かって
「出ていけ!」と言えてしまう
世の中が出来上がった恐怖だと思った。

戦争を知らない私は
「自分の命が危険にさらされた」とき
つまり、危機的状況になったら、
「誰も助けてくれない」
そんな世の中になることを知らない。

それがどんなに恐ろしいことかを
沖縄の語りべの女性に教わった気がした。

いろいろな理屈があって
武器を作ったり、それを売ったりすることで
国の状態を立て直そうとするのが
今のアメリカと日本やヨーロッパの列強の姿だ。

資本主義のかたちは、既に末期症状で
新しい社会の仕組みが必要だと思う。

その仕組みができることを
怖がる人たちの意識が世界に充満しているのを
感じるのは私だけではないはず。

だから今新しい方向へ向かおうとするエネルギーを
ひっくり返したいのが
アメリカやイギリスで顕著になっているように思う。

ここからはある意味「考え方」が問題になる。
「考え方」をコントロールしようとする動きも
非常に活発に行われている。

個人的には恐怖によってコントロールする方向ではなく
できる限り自由な魂が謳歌できる世の中を希望している。

北朝鮮を批判するひとたちが
今世界中に増えるなかで
ミイラ取りがミイラにならないように
祈るばかりが能ではない。

新しい流れが世界をつなげていけるように
自分の考え方の古さを反省し、
継承と創造を反芻しながら
前を向いて生きていきたいと思う。

今日も素敵な一日を!
ヨコハマの自宅から
村中大祐

カラヤンから学ぶこと – Muranplanet – 指揮者村中大祐 Daisuke Muranaka Official Website

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From:村中大祐

カラヤンと言えば誰もが知る名だ。
でもそれはある年齢層以上の話であって
若い世代にとってカラヤンと言う名は
死語になっていることだろう。

カラヤンが若い頃にモーターについての
研究をしに大学へ通ったことを知っているだろうか。
彼がレコードやヴィデオ、そして
ソニーと共同でCDというメディアを
開発したことは周知の事実だ。

だが、彼の功績は
戦前戦後の音楽録音・録画の発展に貢献したのみならず、
オペラ劇場の世界に、本格的革命を起こした人物でもある。

カラヤンはどういう人物だったのか。
カラヤンは歌手とどう接し仕事をしたのか。
カラヤンがどんな手を使って
若い頃にスターダムにのし上がり、
周囲の重要人物たちと契約交渉をしたのか?

その様子を克明に書いていくと
そこには重要な事実が浮かび上がってくる。

彼は大勢のヨットのクルーを操りながら
ヨットレースで世界チャンピオンとなったが
そんな彼のリーダーシップ
一体どういった考え方が基礎になっているのか。

そもそもカラヤンの仕事術とは一体どういうものか?

そんなことを考えながら、
大きく2回に分けて4月から刊行している
ニュースレターで連載することにした。

でも実はカラヤンを語るには
多くの歴史上の優れた指揮者たちを語らねばならない。

彼らは常に誰かから何かを「継承」し、
そして自ら何かを新たに「創造」してきた。

そういった「継承」と「創造」の
ふたつの要素を紐解いていくと、
これからの世界、つまり未来が見えてくる。
そんな大それた企画だ。

ニュースレターNo.1は発売中。
6月末にはNo.2が発売される。
是非読んでみて欲しい。

横浜の自宅より
村中大祐

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そこの貴方、時代遅れのリーダーやってませんか? – Muranplanet – 指揮者村中大祐 Daisuke Muranaka Official Website

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昨日は定例茶会の日。
ヨコハマみなとみらいにある
BUKATSU-DOというコミュニティ・スペースで
月一回、恒例となったお話会が行われた。

「ボーダーレス時代のリーダーシップ」と言えば
表題は長ったらしいが、まあ許して欲しい。

参加者の方とお話ししながら進めていけるのは
何よりチカラになる。
アウトプットだけでなく、インプットもしながら
話を進めることに、少しずつ慣れてきたような気もする。

リーダーの存在は時代とともに変わってきたと思う。
指揮者像の面白い変遷の歴史の中に
私としては感じるものがあって
それを是非お伝えしたいと思ってきた。

でも何より皆がリーダーというものに対して
持っている先入観が邪魔をしているようだ。
そうすると大切なことを見落としてしまう。

話を聞いていても、「自分が答えを知っている」と
感じる人が少なくないはずだ。
リーダーというものは、往々にしてそういう種族でもある。

だが、リーダーシップについて語るとき
何よりも大切なのは、「新しい考え方」を
純粋な気持ちで受け入れてみること。

それができなければ、イノヴェーションは起こらない。
音楽を聴くのも同じことだと思う。

先入観で聴くのではなく
私が「指揮者の通信講座」その1でお話ししているように
自分の感性で読み取っていく。
けっしてアタマで考えて理解するのではない。
感じることだ。

そして感じることほど、難しいことはないみたいだ。

リーダーシップについての先入観で
一番困るのは
みなが「リーダーシップは個人と集団の関係性」と認識していることかもしれない。
どうしても個人と集団を前提として
話を聞きに来られる方が多いように思う。

だが、そういうリーダーシップをお求めなら
おそらく私の言いたいことが伝わらないような気がする。

村中流のリーダーについてのお話は
実は1対1.つまり個と個の関係性なのだ。

なぜか?

村中は集団が怖いからだ。
集団が怖いやつが、リーダーについて語る。
そんなバカな話があるか!

そう思われるのも当然なのだが
そうやって指揮台に立っている偶然性を
俯瞰的に眺めてみると
実はいろいろなことがわかってくる。

指揮台に立つまでの、たくさんの感覚。
何が指揮台に立たせるのか。
どういった感覚が音に結びつき
それが指揮者という形で表現されうるのか。

これをお話しするのは
私にとっても数多くの発見があり
リーダー像に新たな一ページを加えることが
できるという確信がある。

その昔、宮本武蔵が一条下り松で
多くの剣士と相対したとき
相手を集団としてではなく
個としてとらえ直し
1対1の戦法を使ったことは有名だが
まさにその考え方で集団と相対するには
どういった感覚や思考のプロセスがあるのか。

たぶんそうお話しすれば、少しは観方も変わるのだろうか。

いずれにせよ、茶会でこれから続くであろう
リーダーシップ論議。

次回のブログでその内容について少しずつ
お話していこうと思う。

今日はここまで!
素敵な一週間を!
ヨコハマの自宅より         村中大祐

p.s.そうだ!3月3日は村中大祐指揮Orchester AfiAの新譜が発売される。前回のCD録音は神奈川県立音楽堂を使ってのライブ録音だったが、この第一弾CDはすでにアマゾンなどで在庫がなくなっていると聞く。弊社ではまだ購入可能だ。音楽評論家の宇野功芳氏が生前に絶賛してくださったお蔭だと思っている。感謝。

前回の改善点として、その残響については、さらに満足のいく音響を求めて東京赤坂の紀尾井ホールに拠点を移してみたが、これは大正解だったと思う。今回の第二弾CDは、そういった意味でもまさに満足の行く出来なので、是非お手元において聴いてみてほしい。Orchester AfiAの音楽が、いかに素晴らしいか、お分かりいただけると思う。

どうせなら、クラウディオ・アッバード指揮のベルリン・フィルの1990年代の演奏が、ドイツ・グラモフォンから出ているから、聴き比べてみてほしい。その比較の結果は貴方の感性次第。でもAfiAの音楽家集団は、おそらく世界最高峰のはず。十分にベルリン・フィルと真っ向勝負ができるはず。

それを堪能していただき、「元気が出た!」と言っていただければ、私たちは報われたというもの。

緑のCDは第一弾。こちらはセットメニューでお得。
赤のCDは3月3日発売の新譜。
画像をクリックして是非詳細を見てほしい。

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ボーダーレス時代のリーダーシップ1.「枠」について – Muranplanet – 指揮者村中大祐 Daisuke Muranaka Official Website

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ボーダーとは境界線。

でもわたしはこれを「枠」と呼ぶ。
「枠」は往々にして自分が作り上げている。

ボーダーレスとは「自分の枠」をはずすこと。
それがテーマである。

怖れを手放すこと。
そして自分のなかにあるものと対峙すること。
しっかりと自分と向き合うこと。

自分とは誰なのか。
自分という本質は何なのか。
すべては自分に備わっている、というのは本当か。

それを検証すること。

「枠」に入って「枠」から出られるのか。
「枠」に入らずして「自由」を得ることはできるのか。
「奥の手」は存在するか。

こんなことを話していこうと思う。
まずは序章はここまで。
素敵な一日を!

横浜の自宅から 明るい今日に乾杯!
村中大祐

追伸:
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僕はAfiA のマスコット、ジョルジョ。
村中大祐指揮Orchester AfiAの新譜が2月末に発売されるよ!

この新譜についてのビデオメッセージがあるから
cd@afia.info
までメールくださーい。

折り返しビデオのアドレス送りまーす!
よろしくね。
ジョルジョ

継承と創造「ボーダーレス時代のリーダーシップ論」 – Muranplanet – 指揮者村中大祐 Daisuke Muranaka Official Website

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指揮者の世界にはいろいろなパターンがあるように見えて、
実は一つの法則が存在するのをご存知ですか?

それは「継承と創造」の2語に集約されます。
継承はある意味「型」ですが、
その型を打ち破る創造性が必要とされます。

前回「茶会」でお話したのは
そういったお話の骨格となるものについてです。

このブログでこれから少しずつ、
そういったお話をしていこうと思います。