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From:村中大祐

昔、わたしが幼い頃のプロ野球で
阪神の江夏豊投手がオールスター戦で
強豪打者をばったばったと
薙ぎ倒したエピソードがあった。

その時の観衆は興奮もひとしおだが
同時に観ているだけで
物凄い緊張を強いられる、
そんな場面だったように思う。

野球は投手が球を投げると
キャッチャーのミットに球が入るか
あるいは打者がその球を打って
動きが一端止まるわけだ。

その後また投手が球を投げて
毎回動と静を繰り返す。

だから観客はその間
緊張して息を止める場もあり
一端ファールボールとして
打者が打った球が
観客席に飛ばされると
その瞬間に観客の止まっていた息が
開放されることになる。

みんなが息を合わせる。
それが得意なのは
日本人の特徴だと思う。

だから空気を読むとか、そういう話が
普通に共通認識となるのかもしれない。

意外なことに
ヨーロッパの文化のなかで
その空気感、つまり
みんなが息を合わせるということは
あまり無意識で行われていないように思う。

みなさん、ばらばらで
でも結構ゆったり息をしている。

日本の社会は
例えば相撲でも同じだが
満場の観衆が
ひとつの空間で息を合わせる。

でもそれは意識的ではない。
無意識の世界だ。

言わなくてもわかる。
これを文化というのだろう。

但し、その集中力は
野球や相撲といった
割合短めの繰り返しに対して
極めて効率的に発揮されている気がする。

でも上手な人達になると
30分、下手すると1時間も
この集中を持続できるようだ。

クラシック音楽の演奏家たちが
海外からやって来ると
決まって日本の聴衆を賛美する。

「日本にやってくると
自分が思っている以上に
能力を発揮できる」

確かにホールの音響は世界一だろう。
あらゆる設備・条件が完備している。

でもおそらく
ヨーロッパ人たちが
もっとも感じているのは
日本人の聴衆が醸し出す
無意識に集中する空間だと思う。

そこに自分の無意識もアクセスして
いつのまにか催眠状態のようなかたちとなり
良いパフォーマンスができるのだろう。

良い面ばかりを今日は話したが

実はそこから起こる弊害もあって
それが一番わたしたちの気を付けるべき
おおきな問題点のように思う。

それについては
また今度。

素敵な一日を!
横浜の自宅より
村中大祐

追伸:2018年はドビュッシーの没後100周年。
イタリアのテアトロマッシモ・ベッリーニ(ベッリーニ歌劇場)の定期演奏会で、この100周年記念公演を指揮することになりそうです。

1 January , 2017, Catania (Italy) New Year Concert in Teatro Massimo Bellini

イタリアのカターニア・テアトロ・マッシモでのニューイヤーコンサートは、満場の聴衆のスタンディングオヴェーションを幕を閉じました。2018年の再演は4月、ドビュッシーの没後100周年記念公演2公演を指揮します。

村中大祐指揮Orchestra e Coro del Teatro Massimo Bellini

●ドビュッシー:「夜想曲」
●ドビュッシー:「選ばれた乙女」
●ドビュッシー: 交響詩「海」

以下2017年1月ニューイヤーコンサートの批評です。

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Crtics about the New Year Concert in Teatro Massimo Bellini di Catania

Standing ovation e diversi minuti di applausi
al termine del Concerto di Capodanno
al teatro massimo Bellini di Catania.

Non basta però questa sintesi per dire della partecipazione,
del gradimento del programma e dell’esecuzione dell’orchestra
diretta dal giapponese Daisuke Muranaka
con il coro diretto da Ross Craigmile….

http://www.hashtagsicilia.it/spettacoli/travolgente-concerto-capodanno-al-massimo-bellini-4824
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