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From:村中大祐

なかなか理解が難しいことを
これから語るから
わからなくても
驚かないでほしい。

分かる貴方は天才かもしれない。

分かってもらえれば
すごくうれしい。

さて。

ドイツ語には方向性がある。
ベクトルと言った方がよさそうだが。

そのベクトルがハッキリ見えたお蔭で
他の言語にも応用が効いた。

つまり英語やイタリア語など
他のヨーロッパ言語を使うときに
ドイツ語にハッキリと見え隠れする
ベクトルを意識するようになり
言語脳にある種の「ベクトル」が
常駐するようになったわけだ。

同じようなことが
音楽にも言える。

中学のときにチェロを学んだ。
母親が声楽家のくせに
大のチェロファンだった。

当時中学のオーケストラで
チェロが足りない事情から
音楽の先生から口説かれて
始めたまでのこと。

正直紹介頂いた先生のメソードが
ポール・トゥルトゥリエというフランス人の
ちょっと変わったメソードだっただけに

トゥルトゥリエの音が気に入らない私は
どちらかと言えば
アンドレ・ナヴァラや
ピエール・フルニエの奏法を学びたいと思っていた。

でも就いた先生の手ほどきは違って
子供心に「不自然だ」と思いながら
しょうがないから言うことを聞いていた。

但し、ひとつだけ役に立った言葉がある。
「トランペットの響きは
近くで鳴るのはダメで、遠くのお客に届くのが
本当の響きだ」という言葉。

何故チェロを持ち出さないのか?
ちょっとわからないのだが
既に他界されているから訊くこともできない。

でもこれは「響き」ということを
考えるうえで、10代前半の子供には
ある意味画期的な言葉だったように思う。

この言葉のお蔭で
響きを作る、という作業が楽しくなり
不自然な奏法で学ぶチェロよりも
自然に自己流で学ぶピアノに向かいながら
むしろピアノに集中するようになる。

こうしてチェロはうっちゃっておき
ピアノの練習に明け暮れる日々が始まった。
つまりはドイツ語を学ぶことで
他の言語に習熟するようになるのと
同じ効果が出始めたわけだ。

貴方にも同じような経験はないだろうか。

私の場合、こうして
「響き」を考え出すと
もう寝ても覚めても「響き」ばかり。

当時まだ現役だったVladimir Horowitz
ホロヴィッツのテクニックというか
「響き」の妙を
どうやって盗むかが課題となった。

音をいかにずらすか。

それが20代半ばまでの私のピアノにおける
大きな課題となったわけだ。

チェロのお蔭でピアノで
音をずらす、という発想が生まれる。

ドイツ語に「方向性」があったお蔭で
西洋の言語の奥に潜む
何か重要な意識のようなものが
理解できるようになったりする。

日本人はひとつだけに収斂させるのが
得意というか、好きというか。

でも多分何事も少しだけ見方を変えてみないと
本質が見えて来ないのではないか?

1つでなく、2つ。2つでなく3つの考え方が
人の幅や見識を深めるのは間違いないと思う。

今日も素敵な一日を!
横浜の自宅から
村中大祐

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