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From:村中大祐

自分を変える。
自分が変わる。
周りが変わる。

そう思ってみても
やはり無理がある。

自分が変わるのはすぐにはできないのではないか?

すぐにそんな思いが頭をよぎった。

というよりそもそも既成概念と対立するような構図が
自分の得になるわけがない。

しかも「自分が正しいかどうか?」の検証も済んで居ない。

と言うか「正しい、間違い」という考え方そのものは
捨ててかからなければ
多分何もできない、と思っていた。

イタリア人の友人マッシモに
ある時こう言われた。

「ダイ、お前みたいな日本人は珍しい」
「普通はどうなの?」
「イタリア人になろうとする。」
「どう珍しい?」
「お前は最初から変わろうとしない。お前のままだ。」

確かにイタリアという
自分の本当の故郷ではないが
第二の故郷と言える場所でさえ
自分を変えることはしなかった。

というか、受け入れてくれたからこそ
自分の第二の故郷とまで呼べるようになった。

彼らは私のそのままを受け入れ、
愛してくれたように思う。

それがキリスト教的な愛の姿かもしれないが。

日本で自分を観た時
集団と対峙する自分が
集団が求める姿とは違って見えた。

強いリーダーを求める社会。

そもそも「強い」って何だ?

その本質的な概念が根本的に違う社会と
自分が向き合わざるを得ない現実は
私にとって苦痛以外のなにものでもなかった。

強さがやさしさとは相容れない社会。

だが強さの本質はやさしさだと信じる自分。

私に友人のマッシモが言った言葉は
大きな支えとなった。

「受け入れられなくてもいい。
このままでいよう。それでダメなら
期待するのはやめたらいいさ。」

そこで目の前に聳え立つ現実と
自分の信念との違いに
まずはフォーカスしてみた。

なぜ「違い」に対する不寛容があるのか。

日本のオーケストラの前に立つと
私に対する指揮法の授業をする
オーケストラの団員が多かった。

「あのさあ、もう少し1、2をわかりやすく
振ってもらわないと困る」

「アウフタクトが全然わからない」

「お前の指揮、ぜんぜんわかんないよ」

日本の聴衆の中には
指揮法の蘊蓄をひけらかす人間も多かった。

「若い指揮者の村中は性急に
オーケストラをドライブしようとするが、
それは若さの所以であろう。
彼の指揮の1、2の2が心持ち
はっきり指揮されれば…」

こういう批評を素人が書いて見せる。
スゴイ国だ。

私に言わせれば本質を見ないで
知ったかぶりをする
傲慢さ以外のなにものでもないのだが。

この体験は正直へどが出るほど嫌だったし
悔しい思いをした。

私が本場で徹底的に体得してきたものを
命懸けで成功まで導いてきたものを
何の衒いもなく
見たままを
自分たちが知っている型(かた)に
はめ込んで批判していくのだ。

自分たちが信じているその型が
「ホンモノ」かどうかの検証なしに
彼らは帰属意識の上に立って
「自分たち」と「違うもの」を
際立たせるのが得意らしい。

確かに他の人達を見ていると
皆が同じ指揮の仕方だ。

誰もがある指揮者のコピーをしているみたいに見える。

そこで気が付いたのだが
茶道には教則本というものがある。

裏千家のマニュアルで
身体の動きやお辞儀の仕方、
袱紗(ふくさ)の捌き方などが
1,2,3、という形で
順序立てて書かれている。

それを習得するために
ひとつひとつの工程について
練習をするわけだ。

但しここで問題になるのは
こういったマニュアルや教則本には
「何のために? What for?」
が書かれていないことだ。

私の音楽へのアプローチの仕方は
あくまでも「こういう音が欲しいから」
その音が出るやり方・方法を考える。

つまり先に見えている目標ありきで
マニュアルなどないのだが

茶道と同じく
日本の一般的な音楽に対する考え方は
一様にマニュアルという「型」が
残っているのがハッキリ見えてくる。

そうすると大きな弊害が起こるのは明らかだ。

マニュアルの範囲内でしか
可能性を追求できない、ということ。

マニュアルを超えた場所には、
追求しないし、
行ってはいけないということ。

ピアノのお稽古でも同じことが言える。
まずバイエル。ハノン。ブルグミュラー。ツェルニー。

まずバイエル、というのが不思議なのだ。
なぜまずショパンやベートーヴェンが来ない?
なぜ最初に所定の場所を通るのか?
得るものもあるのはわかるが
そこを通ることで失うものがあることを
検証した人はいるのだろうか?

英語の習得も同じだ。
This is a pen.
なぜここから始まるのか?
なぜ文法が必要なのか?

アメリカ人の子供は文法を先に学ぶだろうか?

型を先に入れる弊害とは
型から出られなくなることではなく
型の外の世界を観なくなることだ。

型の中を深堀りし始めて行く。
そうなると、型の奥があるように思いだす。

型を深堀してインサイド・アウトし
型から外へ目を向けられるまでには
かなりの教養が必要になる。
時間もかかる。人間性も必要だ。

守破離を言うなら
破り、離れる極意は
教えられない場所にある。

この社会を前にして私は決心した。

「自分は変えられない」
いや
「自分は変えない」

それで行こう。

何故なら幸か不幸か
私は音楽を愛したから。
音楽のなかに
人生のすべてを観たように思ったから。

それを表現するのに
なぜ他のひとの方法論を使わなければならない?
そんな必要などない。

すでに世界が認めた私の方法を
日本人だからといって
日本人の顔をしているからといって
ガイジンじゃないからといって

なぜ皆と同じにしなければならないのか。

そこで私は自分に宣言した。
「俺にとって世界はひとつ。
ミラノもウィーンもベルリンもロンドンも
ニューヨークも東京も
全部世界のなかの一つの都市にすぎない。

俺は日本人ではない。俺は俺だ。」

コスモポリタンになるということは
ある意味自分のなかの
自分を守り切ることであることを
実感したのだった。

Nemo propheta in patria.
聖書の言葉が胸に響いてきた。

そして横浜にオーケストラを作る日がやって来た。

今日も素敵な一日を!
横浜の自宅から
村中大祐

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