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From:村中大祐

音色を求めるのに必要なもの。
それはカンタービレだ。

単純なようで
歌うことは難しい。
だが歌うことができない人は
プロフェッショナルでも
意外なほどに多い。

思いだすのは往年の大指揮者である
ブルーノ・ワルターのリハーサル風景だ。
コロンビア交響楽団という
ワルターのために特設された
アメリカのレコード会社所属のオーケストラ。
このオーケストラに向かっての
ワルターの晩年の言葉は
「Sing! Sing!」
歌え!歌え!の言葉だけが
連呼される。

おそらく楽器奏者の宿命だが
眼前にある音を「弾く」ことだけで
手一杯となり
音の連なり・繋がりに神経が行かなくなるとき
「フレーズ」(抑揚)に欠けた表現に陥ることも
珍しくはないのだ。

そこでワルターは歌え!と連呼して
団員にフレーズ感を取り戻させようとする。
団員の意識が、一個一個の音に集中しようとするとき
全体の流れや、動き(アゴーギク)に
注意を喚起しようとするわけだ。

もちろんこのやり方でオーケストラを
鍛えていく方法はあるのだが
新しくオーケストラを設立するにあたり
何が一番求められるか?
どういった方向性に向かうべきか?

「歌え!」と言う必要のない環境を作るには
「歌を模倣できる」場が必要だと考えた。

オペラである。
オペラのオーケストラである
ウィーンフィルは
年間7月と8月の2か月を除いて
9月1日から6月30日まで
殆どその毎日をオペラを弾いて過ごす。

ウィーン国立歌劇場のオーケストラピットに
入って演奏するときは
国立歌劇場管弦楽団としての活動をしており
演奏会の時にウィーン・フィルとして
選りすぐられたメンバーたちが
舞台の上に上って演奏することになる。

もちろん毎日オペラを演奏しながらである。
そこでオーケストラの違いが生まれてくる。

歌手には上手いも下手もいる。
ウィーンで歌うからといって
常に世界最高の歌手だけが歌っているわけではなく
また最高の歌手であっても
そのコンディションが悪い時などは
アナウンスが公演前に聴衆に伝えられる。
「本日のワーグナー、トリスタンとイゾルデに
出演予定のトリスタン役Pinco Parino ピンコ・パリーノ氏は
風邪気味のため、フルヴォイスで歌わない場合があります。」

と言った具合だ。
そんなとき、オーケストラはピンコ・パリーノ氏を
サポートしなければならないのだが
ではどうするか?

彼が一番「息がきれそうな」場所を弱音で伴奏してみせたり
苦しそうに思えたら、少し楽に歌えるように
テンポを速めに設定してやったりするのだが

これは指揮者だけの話ではなく
オーケストラ自体が
歌手の「息を聴く」ことができて
初めて可能になるのだ。

そうするとオーケストラのメンバーにとっては
非常に大きな恩恵ももたらされることとなる。

ひとつは歌手の「息に対する注意力」が喚起され
普段は器楽的に、ある意味機械的に弾くことに
神経が集中されている状況が

人間の息に即した歌いまわしに変わって来る。
そうなると表現に幅ができるのである。

つまり指揮者がワルターのように
歌え!歌え!と言わなくても済むようになるのだ。
自ずから毎日歌手の息に接し、
ある人は息が短く、それに対するサポートをし、
ある人は低い声が出にくいので
その声をオーケストラがかき消さないように
自分たちの音を自動的に小さくしてみせたりする。

それがオペラで学べることの第一義だ。

つまり新しいオーケストラを設立するにあたり
私がオーケストラメンバーにできるように希望したこととは
ひとえに、この「息を聴く」という技術だった。

前回書いた名指揮者チェリビダッケの言葉。
「オーケストラのメンバーは、共有する時の中に、他者が何をしているかを聴く。其処で自分のその瞬間の役割を判断する。他者より重要か、そうでないか。」

この言葉を歌手と自分の立ち位置を見比べながら
オーケストラの楽員ひとりひとりが
意識して演奏するという技術が
「息を聴く」ということなのだ。

さて、実際にオペラをやってみて
それができるようになっただろうか?

それは次号からのお楽しみ。
長文にお付き合い頂き、感謝。感謝。

今日も素敵な一日を!
横浜の自宅から
村中大祐

追伸:今日はメンデルスゾーンの10代の頃の名作、弦楽八重奏曲からスケルツォの一部をお聴きください。

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